11月 152012
 

写真雑誌『IMA』での連載「フォトブックスタディーズ」に関わっています。

『IMA』は内容盛りだくさんな雑誌なのですが、ぜひ「フォトブックスタディーズ」もチェックしてみてください。

第1回目はホンマさんの写真集『東京郊外』を軸に、人工的な風景・郊外をスタディーしました。

似たような写真集や、写真集が出版されたときの時代背景、影響を受けた(与えた)作品などを知ることで、写真集を見ることがもっと楽しくなりますね。みなさんもどんどん掘り下げてみてください。

記事には掲載できなかったスタディーをこのブログで紹介したいと思います。

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郊外を開発した男 ウィリアム・レヴィット

空から見たレヴィットタウン

ウィリアム・レヴィットは日本ではあまり知名度は高くないですが、アメリカでは「モダン・サバービアの父」と呼ばれ、20世紀のアメリカにおいて、ヘンリー・フォードと同じくらい重要な人物だともいわれています。

第2次世界大戦と軍人用住宅

レヴィットは第2次世界大戦中、入隊した海軍で設備隊の一員として働きます。そこでは、さまざまな軍事用施設や住宅を低コストで短期間のうちに大量に建設する必要に迫られます。しかし、はじめは全くうまくいきません。職人のスキルはばらばらで、モチベーションも高くなく、レヴィットはどうすれば効率よく建設できるのか試行錯誤したのち、ある方法にたどりつきました。

早く、安く、上手く

レヴィットは作業の工程を細かく区切り、グループ分けした職人たちに決まった工程だけを担当させました。作業員は全工程を覚える必要がなく同じ作業に集中できることで、ミスも減り、熟練した職人でなくてもうまく作業が進むようになりました。また作業の効率が格段にあがったことで、コストも安くなりました。

ジャガイモ畑に町を

効率よい住宅建設のノウハウを得たレヴィットは、戦争が終わったあとに民間人にもどる軍人が住むための家が大量に必要になるはずだと予想していました。そこでニューヨーク州ロングアイランドの広大な農地を購入し、住宅だけでなく、学校や病院、商店などをもつ郊外コミュニティをつくることを決意します。それを彼はレヴィットタウンと名付けました。

同じかたちの家が並ぶレヴィットタウン

アメリカン・ドリーム

1950年代のアメリカで、高速道路網の発達や、車の大量生産、建築基準の規制緩和などの時代の波ともシンクロし、ニューヨーク郊外につくられたレヴィットタウンは大成功をおさめます。その後、同じスタイルのレヴィットタウンがアメリカ中に広がっていくことになります。

日本も郊外

レヴィットタウンをお手本にアメリカ中に広がった「郊外」は、海をこえて、1970年代には日本にもやってきます。戦後に田園都市線沿線を開発した東急不動産は、ウィリアム・レヴィットの会社、レヴィット・アンド・サンズ社と、短い間でしたが提携をしていました*1。レヴィットタウンは日本の郊外にも影響を与えたんです。

コカ・コーラやマクドナルドだけでなく、「郊外」というライフスタイルも、アメリカからやってきたものの一つだったんですね。

Takashi Homma, Boy-4, Sagamiono, Kanagawa, from Tokyo Suburbia

スタディーは続きます。

【関連する本】
デイヴィッド ハルバースタム『ザ・フィフティーズ〈第1部〉1950年代アメリカの光と影』 レヴィットタウン、ディスカウントストア、マクドナルド、キンゼー・レポートなど1950年代のアメリカがぎっしり。第3部まであります。
- 三浦展『「家族」と「幸福」の戦後史』 副題は「郊外の夢と現実」。レヴィットタウンについては、第3章の「レヴィットタウンとアメリカの夢」に書かれています。日本の郊外に関しても詳しいです。

 

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 Posted by at 6:50 PM

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